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特集:すごい田舎に泊まろう!

すごい田舎に泊まろう!

わたくしeyan編集長が創刊以来最もやりたかった企画。田舎に民泊する企画。
今まで実現できずにあたためてきたが4周年を迎える今回、ついにeyan史上最大の企画、田舎への旅を決意したのである。 しかし、単純に田舎と言っても大分県自体が田舎であり、どこへ行ってもeyan4周年を飾るにはインパクトにかける。そこでわたくしが今もっとも注目している国「中国」を目指した。

上海万博で盛り上がる上海市などの大都市には目もくれず、中国南西エリアの内陸都市である成都(せいと)へとむかった。通訳なし、予算なし、あるのは田舎への情熱だけという状態で成都に着いた。あらかじめ日本で調べていたチベット族の村を案内してくれるガイドさんとコンタクトを取る。当然のことだがガイドさんは日本語を話すことができない。わたくしは、わずかばかりの中国語と英語、ジェスチャーと根性を織り交ぜながら後日チベット族の村に一番近い町である松藩(しょんぱん)での待ち合わせの約束を取り付けた。

その一番近い町、松藩までは、成都からバス01で約9時間の道のり。しかしせっかく中国に来たのだから多少の観光をと思い、少し遠回りをし、松藩近くの世界自然遺産である「九寨溝(きゅうさいこう)」02を見学することにした。しかし、約11時間を要したバス移動は想像を絶する過酷さで、言葉、臭い、トイレ03、不清潔、危険運転等々、日本というぬるま湯体質に染まりきったわたくしにはかなりハードな移動となった。しかし、過酷を極めた移動を乗り越えてたどり着いた「九寨溝」は、ここでしか見ることのできない美しい景観に心を奪われる。水深の深い所でも湖底がはっきり見える恐ろしいほど綺麗な湖を堪能し、いよいよ待ち合わせ場所である松藩を目指した。
松藩まではタクシーで2時間。言葉の通じない運転手とのお互い一方通行の会話と愛想笑いの中、松藩04にたどり着いた。待ち合わせのレストランでガイドさんを待つこと2時間。携帯電話も使えない中、待ち合わせがちゃんと伝わっていたのか不安がよぎる。夜8時ようやくガイドさんが現れて一安心。早速、目的地であるチベット族の村「紅土村(こうどむら)」05へ出発したのである。

紅土村へは、バス・電車などの公共の移動手段が無いため、車をチャーターしての移動となる。舗装されていない、もちろん街灯もないデコボコ道を奥地へ奥地へと進んでいく。06
途中、大型トラックがぬかるみにハマり込み動けなくなった状態を何度か目撃する。「はたして無事に目的地にたどり着けるのだろうか。いや、むしろこんな所に人が住んでいるのだろうか。」わたくしは不安を感じ始めていた。泥を跳ね上げ、車底を打ち、エンジンルームから煙をはきながら、車を走らせること約3時間。急斜面の上り坂でついに車は力尽きた。辺りは真っ暗闇。
「こんな夜中、野生のパンダでも出てきそうな中国の山奥07で、わたくしはひっそりと人生に幕をおろすのか。」
絶望感に打ちひしがれるわたくしにガイドさんが英語でおそらくこんな事を言った。「家が近いから歩いていきましょう。」車を降り、真っ暗な道を歩くこと数分(意外に近かった)ついに目的地「紅土村」へたどり着いたのである。

夜11時を過ぎて着いたにも関わらず民泊先08の家族は暖かく迎えてくれた。手厚い歓迎はヤク肉の料理、スープ、肉まん、そして自家製のチベットワイン09である。大きな壺に刺さった竹のストローで豪快にチベットワインを飲む。アルコールは結構強いが実に美味しい。10
クセの強いヤク肉、スープは多少口に合わなかったが美味しい肉まんをつまみに飲みまくる。法律の事はわからないが子どもも一緒に飲んでいる。酔っ払い上機嫌になったわたくしは日本からのお土産11を家族にプレゼント。けん玉やだるま落しなど日本的遊びで大いに盛り上がった。
国際交流な宴は実に深夜3時まで続いた。

翌朝、軽い2日酔いの中、10時に起床。
パンともご飯ともいえない手づかみで食べる朝食12をとり、ひとり村を散歩してみる。いきなり豚の大群13に出会った。別府で日常的に豚に出会ったことのないわたくしは少々ビビリながらも歩を進めていく。14
しばらく歩くと村人に遭遇。15
気軽に「ニーハオ」と声を掛けた。すると余程、外国人(わたくし)が珍しいのだろうか次々と人が集まってきた。

言葉がわからないわたくしに村人は興味深々な様子で、すっかり囲まれてしまった。(ちなみに紅土村は観光地では無いため、宿泊施設等も無く外国人はおろか、中国人すらめったに来ない場所らしい)どうしていいかわからなくなり、追い詰められたわたくしは、とりあえずノートとペンを取り出し、漢字で「我水欲買」と書いてみた。すると一人の男性が理解できたようで、そこにあるトラクター16に乗れと言っている。言われるがままにトラクターの荷台17に乗り込んだ。
何故かわからないが、近くにいた女性3人と子ども1人も一緒に乗り込んだ。見知らぬ土地でチベット族の人たちとのふれあいだが言葉が通じないのがもどかしい。牛や豚を指差し動物モノマネするのが精一杯のコミュニケーションだった。10分ほど行くと、建物が密集した場所へとたどり着く。すると運転していた男性が『腹は減ってないか?』とジェスチャーで言ってきたので、それほど腹は減っていなかったが興味深々で食堂18へと入った。
わたくしを含めた村人6名との食事、仕事柄、食堂に興味があるわたくしだが、いきなりメニューが無い。言葉もわからないので適当にお願いしたが、日本ではまず経験できない、どんな料理が出てくるかという不安が募る。そんな不安をよそに出てきた料理は坦坦麺19のような牛肉の入ったピリッとする麺料理。とても美味しかったので中国語で「ハオチー(美味しい)」を連発。和やかなムードで楽しい昼食を終え、気分の良くなったわたくしは全員の食事代をご馳走した。(6人分/日本円で約500円)

昼食後、近くの売店20で水を買い(500mlペットボトル/日本円で約14円)再びトラクターに乗り込み民泊先へ戻った。
戻ってすぐ、村のことをもっと詳しく知りたいわたくしはガイドさんと共に村のお寺21,22巡りに出発、寺ではテレビなどで見たことのあるチベット仏教のマニ車23があった。初めて見る生のマニ車に興奮する。マニ車は、1回廻すと1回お経を読んだことになるらしいので、普段お経など読んだことの無いわたくしは、ここぞとばかりにマニ車を廻した。

お寺巡りを終え民泊先に戻るとお母さんがチベット的な色合いをふんだんに使った手芸24を行っていた。その様子を眺めながらリラックスタイム。お母さんに手芸のことや売り物なのかなど色々聞きたかったが、お母さんはチベット語しかわからないのでコミュニケーションをとることができない。学校から帰ってきた子ども25もお母さんの仕事を手伝う。昨日から何でも家のことを手伝う実に感心な子どもである。しばらくすると山羊の鳴き声が聞こえてきた。何事かと思い外を覗いてみると職業、羊飼いのお父さん26の帰宅である。人生初の羊飼い。今、目の前でアルプスの少女ハイジのような世界が広がっている。
興奮を抑えることなく夢中で山羊と触れ合った。
家族が揃ったところで、紅土村での最後の食事27をとる。家族のやさしさ、協力し合いながら生きていく姿、村人の温かさなど、娯楽など何もないすごく素朴な村なのに、何とも言えない温かさが、この村にはあった。そんなことを考えながらこの先二度と飲む機会が無いであろうチベットワイン28を飲んだ。
しかし楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。わたくしは民泊先の家族にお別れの挨拶29をし、二度と体験できない貴重な経験と楽しい思い出を残し紅土村30を後にしたのである。

民族/アバ・チベット族
言語・文字/チベット語・チベット文字(中国語がわかる人もいる)
場所/松藩から南南西に約100km、標高約2400m
村内/売店2件・食堂2件・学校あり・宿泊施設なし・女性はほぼ民族衣裳、男性は何故か私服
民泊先/おそらく村の中では裕福な家庭。3階建て、1階部分で山羊、豚を飼っている・2階は居間・子ども部屋・寝室・トイレ・3階は寝室・電気あり(ただしすぐ止まる)・風呂、シャワーなし・ガスなし・水道なし(井戸水)・洗濯機なし・冷蔵庫なし・靴のまま生活・電話あり(携帯なし)
※あくまで個人的に調べたデータですので、間違いがあるかもしれません。

※また今回の企画を見て紅土村へ行きたいという方がいましたらeyan編集長までご連絡ください。アドバイスします。観光地では無いので外国人はおろか、中国人観光客すら居ません。(個人的に行くのは、ほぼ不可能です。)